プロジェクト概要

photo1

イメージ図(予定)





概要

警察庁が2008年6月19日に発表した「平成19年中における自殺の概要」によれば、2007年中の自殺者の総数は33,093人と、1998年以来10年連続で3万人を超えています。 こうした事実から考えると、仕事や対人関係、過労などによるストレスが現代社会の人々に過剰にかかっているのではないかと思われます。このような状況を少しでも改善するため、心の豊かさを扱う工学(以下、豊心工学と略記)を一つの新しい学問として確立させる必要があるのではないかと考えました。 そこで本研究では、豊心工学の学問体系を構築し、豊心工学概論を作成すると同時に、そのひとつの実践例として、ブログからの自殺傾向の検出を試みるとともに、そうした心の状態からの回復をサポートする工学的技術を開発します。

学術的な背景

自殺予防総合対策センターのウェブサイトによると、中高年と高齢者の自殺死亡率が減少している一方で、若年者のそれは増加傾向にあります。これは、金銭や物質の不足よりも心が貧しい状態になってしまっているのが自殺の主な原因ではないかと思われます。

一方、インターネットの普及に伴い、多くの人々が自分の心の内をブログという形で表現し、公開しています。それらの中には、自殺に至る心の動きが記述されたものも存在します。こうした記述の内容を工学的な手段を用いて解析することで、ブログの作者自身の心の状態を推測し、自殺傾向やその他精神的な病気の有無などについて判断することが可能であると考えられます。更にどのような外的刺激(アドバイスなど)を与えれば心の豊かさをとり戻すことができるか、といった「癒し」の方策の提示も可能であると考えられます。

従来から自殺やうつ病などの予防対策として厚生労働省を中心とした様々な活動が行われていますが、本研究では工学的な観点から心の豊かさを扱う技術を開発し、学問として体系化します。この点が学術的な特色として独創的な点です。
 豊心工学の学問体系を確立することで、現代社会に存在する様々な心の問題を解決するための科学的な手段を提供し、安心・安全・心豊かな社会を作る上で大いに貢献できます。

 


本研究が目指すもの

photo2

イメージ図(予定)

豊心工学の学問上の定義、内容、手法を明らかにします。 対象者が記したテキスト情報、表情や行動、声色などの情報から心の豊かさを定量的に測定する、ということを中心的な技術と考え、工学的方法を用いた測定法を確立します。 特にうつ病や自殺傾向の検出に焦点をあて、心の状態変化を計測する方法を開発します。 また同時に、測定された心の状態をより豊かに改善するためにどのような外的刺激が有効か、といった技術についても体系化します。





研究の斬新性・チャレンジ性

本研究では、豊心工学の体系を構築すると同時に、ブログからの自殺傾向の検出を試み、そのような心の状態からの回復をサポートする工学的技術を開発します。

@ 本研究が、どのような点で斬新なアイディアやチャレンジ性を有しているか

先進国といわれている国においては、技術文明・物質文明・消費文明を際限なく享受した結果、“幸福であること”が実感しにくい時代となりました。 はたして我々にとっての幸福とは、生きるとは何でしょうか。「人間の幸福は快楽や満足感だけにあるのではなく、苦しみや悲しみのなかにもある」という指摘もあります。

心の豊かさが如何に重要であるかはいうまでもありません。 しかし、如何に心を豊かにするか、についてはこれまでのところ、 学問、特に工学的な学問としては研究されていません。

本研究では、 人間の心を認識し、感情状態を分類し、 その結果をもとに人間の心の豊かさを測定します。 また、人間の心を豊かにさせる工学的技術を開発し、豊心工学の学問体系を確立します。

これらのことは今までに例がなく、斬新なアイディアやチャレンジ性を有していると言えます。
A 期待される成果

 本研究では、まず具体的な現実問題、自殺とうつ病を取り上げ、 ブログの収集と解析を通じ、テキスト情報から作者の心的状態変動を推測し、 特にうつ病や自殺傾向を検出する手法を開発します。
 そして、自殺傾向が検出された作者に対し、どのようなアドバイス等をどのような手段で提供すれば、当該作者の心を豊かにさせることができるか、について研究を行います。 これらの知見をもとに、工学的な手段で効果を上げることができた例を解析し、 「豊心工学」の学問体系を創立します。

 「豊心工学」は、計算機科学、人工知能、計算言語学、臨床心理学、精神医学、精神保健学、精神看護学、宗教などの分野を横断し、融合させた新しい学術分野であると考えられます。
 本研究が成功した場合、新しい「豊心工学」という学術分野を確立すると同時に、心を豊かにさせる理論と技術を提供することによって、安心・安全・心豊かな社会を作るといった卓越した成果が期待されます。 工学の本質的な目的が「人々の幸せを手助けする技術」の開発にあるという観点に立てば、人の心を真正面から捉えた工学的観点からの研究は必要不可欠であると考えられます。

研究計画

本研究の目的を達成するために、

  • 心理学的な実験結果をもとに統計的な手段を用いて、「心的状態遷移ネットワーク」を構築し、人の心の状態を推定する方法を提案すること
  • 大規模なブログを収集し、ブログに記述された内容や表現と、自殺傾向やうつ病との相関関係を解明し、テキスト情報から心の状態を推定する方法を確立すること
  • 自殺傾向が強い状態の人などを回復へと向かわせるために、適切な外的刺激(アドバイス等)を自動で選択するための方法論を確立すること
  • 声色などの音声情報や、表情などの画像情報、また脳波や脈拍といった生理現象と心の状態の間の関連性と相互作用のメカニズムを推論し、様々なモードの入力をあわせて心の状態を推定する方法を確立すること
  • 豊心工学の理論的な定義、学問とする方法論、内容と体系を確立すること

を行います。

私達の研究グループはすでに、ブログのデータベースや心的状態遷移ネットワークを構築するためのデータベース等の収集を開始しており、これらを用いてすぐに研究を開始できる状態にあります。これらをふまえ、以下のような項目について研究を遂行していきます。

平成21年度の計画

@ 豊心工学の理論的な定義、学問とする方法論の研究

現状心理学や医学の分野でいわれている心の豊かさについて調査し、それらをもとに工学としての心の豊かさを定義します。また、心の豊かさに影響する内的要因と外的要因を整理し、心の豊かさの計測方法について検討するとともに、豊心工学の体系案を作成します。

A 「心的状態遷移ネットワーク」の構築

様々な状況下に置かれた時の人の心の動きをモデル化します。 いろいろな状況での感情の変化について実際にアンケート等を用いて計測し、それらの情報を統計的に処理することでモデル化を行います。

B 50人分、延べ1500編関連ブログ情報の収集、解析

Web上で公開されているブログを収集し、HTMLタグの除去などの整形を行います。 その後、各文章に表れている作者の感情を人手によりタグ付けします。 また、各作者の心の豊かさについても、専門家の指導のもとタグ付けを行います。


C 感情の時系列的な変化と心の豊かさの解析

ブログ上でタグ付けされた感情の変化を時系列的に解析し、それが心の豊かさにどう反映されていくのかについて解析を行います。


D 自殺傾向やうつ病が疑われるケースの解析

特に自殺傾向やうつ病が疑われるブログについて、その言語表現や感情表出の特徴について解析を行います。また、ブログ以外にも既存の精神保健の知見とあわせて特徴を探ります。

平成22年度の計画

22年度以降は、前年度得られた知見を更に発展させ、研究目的の達成を目指して以下のように研究を進めていきます。

@ 自殺傾向やうつ病と、テキスト情報に表われる感情変化との関係の解析

昨年度得られた解析結果をもとに心的状態遷移ネットワークを修正し、ブログ等のテキスト情報から自殺傾向等を正しく推定できる方法を確立します。


A テキスト情報による心の豊かさの計測方法の確立

まず、ブログから得られた感情の時系列データを用い、感情遷移ネットワークを計算します。 例えば、怒りや不快などの変換曲線を週単位、月単位で描きます。 これらのデータをもとに、心の豊かさを計測する方法を開発します。


B テキスト以外の情報からの心の豊かさの計測

声色や表情、動作、生理的指標などテキスト以外の情報から心の豊かさを測る方法を確立し、テキスト情報とあわせて、マルチモーダルな計測方法を確立します。


C 豊心工学の学問体系の確立

今までに得られてきた知見をまとめ、最終的に豊心工学として体系づけます。


D 豊心工学概論(案)を作成し、豊心工学に関する国際シンポジウムを開催します。

以上で得られた成果をもとに、豊心工学概論(案)を図示のように作成し、豊心工学に関する第1回国際シンポジウムを開催します。






研究体制

研究代表者

  • 徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部 教授 任 福継

研究分担者

  • 徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部 准教授 鈴木 基之
  • 徳島大学医学部ヘルスバイオサイエンス研究部 教授 谷岡哲也
  • 徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部 教務補佐員 松本和幸

連携研究者

  • 同志社大学インテリジェント情報工学科 助教 土屋誠司